PEOPLE LIVING IN "TAKAHAMA-TOWN"高浜町で暮らす人達の声

今井さん
高浜町和田地区生まれ。高校まで高浜町で育ち、県外の大学に進学。大学卒業後もそのまま県外の企業に就職をするも、地元を離れてみて、高浜町の魅力を感じ始める。地元を離れて10年の時を経て、高浜町に戻り、現在は「ファミリア」というカフェバーを経営。
西岡さん
大阪府生まれ。大学時代からの知り合いである山本裕紀子さんにライフセーバーになることを誘われたことがきっかけで、高浜町への移住を決意。高浜町の海の美しさに魅かれ、休日はライフセーバーを務めている。現在は高浜中学校の教員として働く。
山本さん
奈良県生まれ。ライフセービングへの興味から若狭和田地域を知る。海の美しさに魅せられ、ライフセービングの活動を本格化させたいと思い、2014年から移住を決意。2017年から個人事業主として海のアクティビティを中心とした事業を起こし、高浜町の海の魅力を多くの人に伝えている。
平田さん
高浜町和田地区生まれ。大学進学と共に地元を離れ、大阪の企業に就職。地元を離れた約10年後、家業である平田木材店に入社。平成20年に同社の代表取締役に就任。現在は、平田木材店の代表者として活動する傍ら、地域活動にも積極的に参加し、高浜町の魅力を伝える活動も行っている。
当たり前のことを当たり前に思わなくなる時。それが地域の本当の魅力を知った時。

今井さん : 僕は小さい頃からこの町で育ってきたので、高浜町の海が当たり前としてある環境で生活をしてきました。高校生の時は、自分の中で、早く都会に出たいなという気持ちばかりが強まっていましたね。

平田さん : 今井さんが仰る通り、高浜町に生まれた人間というのは、一度は地元を出てみたいと思うものです。高校を卒業すると、大学がないので当然地元を出ますよね。就職する人間も大阪や京都へ行くことが多いです。でも、ある時に高浜町の素晴らしさに気づく時が来るんですよね。これは、この町を出てみないと感じることができないのかもしれない。

今井さん : 僕の場合、大学の進学と共にこの町を出ましたが、就職も県外の企業に就職をしました。平田さんが仰る高浜町の素晴らしさに気づき始めたのは社会人になってからなんです。海、環境、人、食べ物、いろんな面でこの生まれた高浜という町が凄いなとふと感じるようになったんです。

山本さん : 私は海が元々好きで、最初はワーキングホリデーなどでハワイへ行きたいと考えていましたが、あることがきっかけでライフセーバーの資格を目指すことにしました。競泳をやっていたので、その経験も活かすことができるライフセーバーの仕事はとても魅力的でした。

西岡さん : 私は山本さんとは大学からの知り合いで、私も競泳をしていたこともあり、社会人になっても繋がりがありました。ある時、山本さんから「今、暇か?」と電話が入ったんです。「海好きやろ?」と言われて、若狭和田でライフセーバーにならないかと誘ってもらったんです。誘ってもらってすぐに若狭和田という場所を調べたら、すごい綺麗な海だなということを直観的に感じたことが強く記憶に残っています。

山本さん : 西岡さんは、この若狭和田の海を絶対に気に入るだろうなと思って誘ったので。今は一緒にライフセーバーとしての活動ができて、とても嬉しく感じています。

地域の資源は、やがて「世界」の資源に。

山本さん : 高浜町の自慢と言えば、何といっても「景色」でしょうね。多くの人は「海」が綺麗と言いますが、私としては、海から見る高浜町の「山々と砂と街並み」がとても綺麗なんです。

今井さん : 僕の場合は、高浜町の「海」のポテンシャルでしょうか。夏は海水浴、冬はサーフィンを楽しめるんです。また、最近はビーチのアクティビティやイベントも盛んになってきていて、オールシーズン、海のレジャーが楽しめる。これを考えると、高浜町の可能性を強く感じています。僕自身も、この海の魅力を多くの人に伝えることができるようにチャレンジしていきたいと思ってます。

西岡さん : 私の場合、「人」ですね。すごく子供たちが素直で人懐っこい。他地域から来た人を素直に受け入れてくれる。これは、この高浜という地域柄が育むものなのかなと思っています。大人の方々も同様です。私も大阪から移住してきた身なので地域の皆さんに優しく接して頂き、そのお陰で一切の不安が無く、日々の生活を送ることができています。

平田さん : 私は「山」ですね。高浜町というのは海と国道27号線と山に挟まれた土地で、横長の町なんです。山からミネラルたっぷりの水が流れて来て、海に注ぎ込んで、また海のものを育む。そういった循環は日本国中そうですが、それが私たちの町の水産業にも美味しい魚を食べられる元になっていることから、山は大事なんですということを伝えていきたいですね。